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生誕140年記念 下村観山展

13歳で描いた絵が注目され、16歳で、横山大観(1868~1958)らとともに東京美術学校の第1期生となった下村観山(1873~1930)。岡倉天心の薫陶を受け、卒業後は、すぐさま助教授に抜擢されるほどの力量を示しました。観山の10代の狩野派修行期から、円熟期、絶筆となった「竹の子」まで、画業の全容が鑑賞できる展覧会が横浜美術館で開催されています。
<会期:2013年12月7日~2014年2月11日>

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13歳のとき、フェノロサらが主宰する「鑑画会」に作品を出品し、「実に後世恐るべしとて、見る人の舌を振へり」との新聞評を得た観山。10代の作品が鑑賞できるのは魅力です。森狙仙の「狼図」の模写は、毛並みの表現に修練の跡がうかがえます。17歳で校内競技会に出品した「雨の芭蕉」(1890)は、大ぶりの芭蕉の葉の下に、雨やどりをするように4羽のすずめが描かれており、斬新な構図が目を引きます。

1903年よりイギリスに留学し、西洋絵画の研究をしたことは、大きなプラスになったと考えられます。留学中に描かれたラファエロ「椅子の聖母」の模写(1904)も展示されていますが、ラファエロのやわらかな陰影が、水彩で絹に見事に写されていることに驚きます。

そして、1909年の「小倉山」(六曲一双)。百人一首におさめられた歌「小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ」をモチーフにしたといわれる作品です。右隻には、さまざまな木々や蔦、赤く染まった紅葉が交差して描かれ、その間に、歌の作者である藤原忠平がゆったりと座っています。「もみじ葉に心があるならば、もう一度ここを訪れるときまで、散らずに待っていておくれ」という歌の意のとおり、散りゆく紅葉を惜しむかのように。

よく見ると、この絵は、右隻と左隻の地の線が連続していません。その結果、左隻の風景が右隻の前方にあるように見え、作品に奥行きが生まれ、広がりを増しています。また、左隻は、空間を生かして構成されており、「間」の中に心が描かれているかのようです。同じく大作である「白狐」(1914・二曲一双)、「弱法師」(1915・六曲一双)も、右隻には、それぞれ、木々と狐や、梅の木と弱法師が高密度で描かれているのに対し、左隻には象徴的な「間」が残されています。それが余韻となって、心に残る作品です。

他にも、観山の筆、刷毛、硯といった絵画用具一式なども展示されており、充実した展覧会です。

展覧会のホームページはこちらから
横浜美術館

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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