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クールな男とおしゃれな女 絵の中のよそおい

絵画の中の人物は、さまざまな衣装をまとっています。平安装束の色男や、個性的な出で立ちの戦国武将はクールな男。また、匂い立つように艶やかな和装や、モダンな洋装のおしゃれな女。絵画の中の「よそおい」を切り口とし、その美意識を楽しむ展覧会が山種美術館で開催されています。
<会期:2014年5月17日~7月13日>

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描かれた男は、和装が中心。平安時代、車中の女の気をひこうと蛍を放つ源至は、たっぷりとした狩衣で雅なよそおい<小林古径(1883~1957)「蛍」(1912)>。奇抜なふるまいで知られた織田信長は、虎と豹の皮の半袴がユニークです<前田青邨(1885~1977)「異装行列の信長」(1969)>。前田青邨は「日本の鎧ほど美しいものはない」と述べており、眼光鋭い三浦大介を、兜を抱いた姿で描いています<「三浦大介」(1966)>。ローマ法王に謁見した支倉常長は、イタリアの回廊を背景に紋付の肩衣袴で描かれ、まるで異空間にワープしたかのようです<守屋多々志(1912~2003)「慶長使節支倉常長」(1981)>。

女性のよそおいは、バリエーション豊かで、美しく見ごたえがあります。特に、美人画の第一人者である伊東深水(1898~1972)の描く女性は、どれも艶やかです。「婦人像」(1957)は、金をバックに、白い帽子と赤い手袋、赤い花柄のワンピースをまとった洋装の女性像。女優の木暮実千代がモデルとのことですが、華やかな気品に目を奪われます。和装の「吉野太夫」(1966)は、桜が背景。打掛には、花を描いた扇を散らし、なんともあでやかです。片岡球子(1905~2008)「むすめ」(1982)は、着物からはみださんばかりに描かれた、色鮮やかな模様が見るものを圧倒します。

和装の女性は、髷を結い、かんざしや櫛をさして、おしゃれをします。着物の柄や色彩、帯との組み合わせにも工夫を凝らし、それぞれの美しさを際立たせます。画家バルテュス(1908~2001)は、日本人の節子夫人に着物姿を望んだそうですが、着物の美しさの認識を新たにしました。

そして女性の美しさは、その仕草にも表れます。池田輝方(1883~1921)の「夕立」(1916)は、神社で雨宿りをする複数の男女を描いていますが、うつむいて濡れた着物の裾を絞る女性の仕草や、素足に草履をはき、やや内股の女性の足の仕草が、たおやかで心をつかまれます。鏑木清方(1878~1972)「伽羅」(1936)に描かれた女性の傍らには、髪に香をたきしめるための香枕が。目覚めたばかりの女性は、朝顔の小袖をまとって半身を起こし、下半身は、花菖蒲の小袖でおおわれています。風情のある色香が漂う作品です。

一番のお気に入りを探してみるのも楽しいのではないでしょうか。

展覧会のホームページはこちらから
山種美術館

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

パブロ・ピカソ 版画の線とフォルム

誰もが知る、20世紀を代表する巨匠であるピカソ(1881~1973)。絵画だけでなく、彫刻、版画、陶器、舞台装置などを幅広く手掛け、膨大な作品を残しています。1900年にパリを初めて訪れたピカソは、1904年から本格的に銅版画に取り組みましたが、生涯で制作した版画の数は、なんと2000点を超えるとか。ピカソの版画作品に注目した展覧会が、町田市立国際版画美術館で開催されています。
<会期:2014年4月12日~6月15日>

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パリに出て間もなくの版画作品は、繊細な線で描かれ、どこかもの悲しい雰囲気が漂っています。一瓶のワインと一片のパンという質素な食卓を前に、寄り添う男女を描いた「貧しき食事」(1904)。女性の表情に、かすかな微笑みが感じられるのが救いかもしれません。貧しい人々やサルタンバンク(旅芸人)が取り上げられています。

1930年代になると、描かれる線は太く、フォルムも丸みをおびてきます。18世紀の博物学者であったビュフォンの「博物誌」(1749-67刊)に基づいて制作された、ピカソの挿絵(1936/1942刊)はとても魅力的。雄羊、ロバ、犬、ライオン、ハゲタカ、ダチョウ、カエル、バッタ・・・どれもが、黒の濃淡を生かした墨絵のような味わいで、いきいきと描かれています。ピカソ自身も動物好きであったそうです。

また、ピカソは幼いころ、父に連れられて闘牛場に行くことを何よりも楽しみにしていたとか。「闘牛技」(1955-56/1956刊)は、闘牛の研究書の挿絵として、牡牛の入場や、闘牛士と牡牛との対決の場面が描かれています。黒の面でシルエットのように描かれた、闘牛士や観衆。余白の白に、スペインの照りつける日差しまで感じられるようです。

晩年のピカソは、南フランスで45歳年下のジャクリーヌ・ロックと穏やかな日々を過ごしたといいます。この頃の多色刷りリノカット作品は、ダイナミックで迫力があります。赤と黄で、牡牛に槍を突き刺そうとするピカドールを描いた「槍」(1959)。テーブルのリンゴを照らし出す、煌々と輝くランプの光が印象的な「ランプの下の静物」(1962)。そして、ジャクリーヌの肖像である「帽子をかぶる女の顔」(1962)は、色彩も明るく、ピカソのジャクリーヌへの愛情が表れています。

若き日から晩年まで、ピカソの版画を総覧する、版画美術館ならではの展示です。

展覧会のホームページはこちらから
町田市立国際版画美術館

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フランス印象派の陶磁器1866-1886 ジャポニスムの成熟

開国したばかりの日本は、19世紀英国の唯美主義に影響を与え、日本様式の芸術性の高い調度品を取り入れた暮らしが美しいとされました。19世紀後半のフランスの陶芸においても、ジャポニスムから着想を得た、革新的な陶磁器が作られていました。日本美術が反映されたテーブルウエアや陶芸作品を、印象派の絵画を交えて紹介する展覧会が、パナソニック汐留ミュージアムで開催されています。
<会期:2014年4月5日~6月22日>

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フランス陶器における最初のジャポニスム作品は、<ルソー>シリーズ。1874年、第1回印象派展にも出品した銅版画家のフェリックス・ブラックモン(1833~1914)がデザインしました。当時の食器は、皿の中央に装飾が配置され、縁取りがあり、左右対称が常識でした。ブラックモンは、日本版画からとったモチーフを、余白を生かして非対称にちりばめたのです。そこに描かれているのは、魚、海老、蝶、鶏や、季節の植物。日本美術のモチーフが、白地に黒く太い輪郭線で描かれ、中が鮮やかな色彩で彩られています。

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会場では、<ルソー>シリーズでテーブルがコーディネイトされ、壁には、ルノワール(1841~1919)「赤い服の女」(1892頃)が飾られています。テーブルについていた当時のフランス女性であるかのように・・。<日本の題材>シリーズと題した、歌川国芳(1797~1861)の歌舞伎役者の図柄を参考にした人物や、着物の人物が描かれた食器もユニークです。

また、「バルボティーヌ」という新しい技法によって、筆触を生かし、画家がキャンバスに絵を描くような絵付けも可能になりました。表面に印象派の絵画が閉じ込められたかのような仕上がりです。モネ(1840~1926)「ジヴェルニー付近のリメツの草原」(1888)といっしょに展示されています。

他にも、漆工を思わせる黒地に金で花鳥図を描いた花瓶や、藍地に白で睡蓮、鶏、蝶、こおろぎなどをあしらった皿、植物で装飾された鉄瓶など、日本美術が色濃く反映されています。当時のフランスにとって、日本とは、遠くて美しいあこがれの国だったのですね。

展覧会のホームページはこちらから
パナソニック汐留ミュージアム

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ザ・ビューティフル 英国の唯美主義

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熊谷守一美術館29周年展

文化勲章の内定を辞退するなど、名声にとらわれない生き方を貫き、自宅の庭で毎日飽きることなく絵を描き続けた画家、熊谷守一(1880~1977)。庭で出会う植物や鳥、猫や虫などを題材とし、小さないのちの輝きを見つめました。1985年、東京都豊島区の終の棲家の跡地に建てられた熊谷守一美術館で、29周年展が開催されており、まとまった数の油彩作品を見ることができます。
<会期:2014年5月16日~6月22日>

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岐阜県恵那郡に生まれた守一は、父の反対を押し切って、東京美術学校に入学。同期には青木繁(1882~1911)がいたといいます。父の急死による家業の倒産にあいながらも卒業し、樺太漁場調査船に写生係として同行したりもしました。30歳の頃、いったん故郷に戻って材木を川に流す仕事につき、山間の村で自然に親しみます。小さないのちを見つめる眼は、幼少の頃やこの頃に養われたのかもしれません。

その後、ふたたび上京し二科展に出品を続けますが、関東大震災、子どもの病死など悲しみが相次ぎ、絵が認められるようになったのも60歳の頃でした。

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52歳で移り住んだ豊島区の家では、庭で多くの時間を過ごしました。「地面の高さで見る庭は、また別の景色」と話し、腰かけて植物や虫をじっと観察したり、ねそべったりしていたといいます。そんな視点から描かれた守一の植物や生き物は、素直で親しみがあり、独自の味わいに満ちています。年初に山種美術館で開催された「Kawaii日本美術」に、守一の作品が展示されたのもうなずけます。

Kawaii日本美術

観察から生み出されたはっきりとした輪郭線と、均一に塗りつぶした平明な色彩。木板に描かれているのも、素朴な魅力を増しています。そして、展示されているこの画風の多くは、80代、90代で描かれたもの。晩年の守一の心が、庭の生き物のいのちと一体化していたかのようです。

油彩での絶筆となった「アゲ羽蝶」(1976)には、黒アゲハと橙色の花が描かれていますが、咲かせるのが難しい花なのだそう。守一が庭で育てたそれは、毎年見事に花を咲かせたとか。庭で描くだけでなく、庭の草木も愛情を込めて育てていたのですね。

展覧会のホームページはこちらから
熊谷守一美術館

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こども展 名画にみるこどもと画家の絆

近代以前の西洋において、こどもは「未完成な大人」と見なされ、芸術の主題としてふさわしくないとされてきました。登場するこどもは、天使やキューピッド、王族の子息ぐらいです。18世紀半ば、哲学者ジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)が、教育学の名著とされる「エミール」で、こども固有の世界を認めたことから、こどもは家族の中心となり、19世紀以降は、「愛すべきこども」として多く描かれるようになったそう。

ルノワール、ルソー、ピカソなど48人の画家が描いたこどもの絵を通して、画家とこどもの絆を紐解く展覧会が、森アーツセンターギャラリーで開催されています。
<会期:2014年4月19日~6月29日>

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なんといってもインパクトがあるのは、アンリ・ルソー(1844~1910)の「人形を抱く子ども」(1904~05頃)。大人の男性のようにも見える人形を抱きしめた、赤いワンピースの少女が描かれていますが、ずんぐりむっくりとした身体つきで、表情は思いつめたよう。ルソーは、6人ものこどもを早くに亡くしたといいますから、亡くなったこどもが、天国の花畑で早世した無念をかみしめている姿のようにも思えてきます。

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印象派の画家もこどもの絵を残しており、ルノワール(1841~1919)は、息子の肖像を繰り返し描きました。その姿は金髪を伸ばし、まるで女の子のような愛らしさです。また、マネ(1832~1883)の弟と結婚したベルト・モリゾ(1841~1895)の娘ジュリーもモデルにしています。モリゾの死後、ジュリーの後見人となったのがルノワールでした。「ジュリー・マネの肖像、あるいは猫を抱く子ども」(1887)は、やわらかな微笑みを浮かべ、猫を抱くジュリーを描いたもの。猫もジュリーも幸せそうで、ルノワールがジュリーをどれだけ愛おしんでいたかがわかります。

ピカソ(1881~1973)の「ポーランドの衣装を着たクロード」(1948)は、フランソワーズ・ジローとの間に生まれた息子がモデルですが、こども全体がロシアのマトリョーシカのような楕円形に描かれ、可愛いこどもらしさが感じられます。クロードと娘パロマを紙に描き、切り抜いてつくった手製のおもちゃも展示されており、ピカソの愛情が伝わってきますよ。

他にも、マティス(1869~1954)の意思のある表情のこども、パスキン(1885~1930)の憂いをふくんだ表情のこども、そして、レオナール・フジタ(1886~1968)の乳白色の世界で大人びた表情のこどもなど、画家の個性が感じられる興味深い作品がそろっています。

この展示は、2009年11月から2010年3月まで、パリのオランジェリー美術館で開催された展覧会を日本向けに再構成したとのこと。描かれた時代や画家の流派による個性をたどるのも楽しいですし、画家のこどもへの思いを想像するのも楽しい展覧会です。

展覧会のホームページはこちらから
森アーツセンターギャラリー


テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

超絶技巧!明治工芸の粋

天下泰平の世が270年も続いた江戸時代、日本の刀装具の金工技術や漆器の装飾技術は、世界最高レベルに達していました。明治維新により、武家の後ろ盾を失ったその職人たちは、海外輸出用の工芸品を制作するようになります。1873年、明治政府はウィーンで開かれた万国博覧会に初めて参加しますが、日本の国力を誇示するため、職人のパトロンとなって、大作や名品を作らせ出品したのです。万国博覧会で日本の工芸品を見た欧米人は、その超絶技巧に驚き、高値で買い求めたといいます。

村田理如氏(1950~)は、明治の超絶技巧工芸の価値を認め、海外に流出していた作品を買い戻して蒐集し、清水三年坂美術館を設立。この村田コレクションから約160点が、三井記念美術館で公開されています。
<会期:2014年4月19日~7月13日>

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並河靖之(1845~1927)の有線七宝は、優美な色彩と精緻な文様で、美しさが際立っています。有線七宝とは、輪郭線に金属線を貼り付け、釉薬をさして焼き付ける技法ですが、「花文飾り壷」の藤の花びらは1mmほどの細かさです。「鳥に秋草図対花瓶」は、深い茶色の地に薄、萩、女郎花などの秋草と鳥が描かれ、対になった2つの花瓶。左右の図様が調和し、気品が漂います。

正阿弥勝義(1831~1908)の金工である「群鶏図香炉」は、銀地に金、赤銅などを象嵌し、鶏は羽毛まで繊細に表現。菊の花びらは、一枚一枚を鏨で彫り出しています。そして、漆器に螺鈿、象牙、鼈甲などを象嵌した芝山細工の「花鳥図大花瓶」。花びらの細かな文様を彫り表した白蝶貝、黄蝶貝が象嵌され、絵のような美しさに眼を奪われます。

初めて鑑賞した「刺繍絵画」は、一面を刺繍で埋め尽くし、図様を表した作品。「瀑布図」は、赤く染まった木々と滝が描かれていますが、葉の陰影や滝の水のうねりやしぶきまでもが見事に表現されています。絹の糸の光沢が光と影に呼応し、角度を変えて鑑賞すると、実際の光が揺らいでいるようです。「獅子図」の毛並みも、まるで生きているかのように感じられます。

他にも、象牙を彫り彩色した「牙彫」の野菜や果物は、本物と見まがうほど。各部分を自由自在に動かすことのできる「自在」の蛇や鯉などにも目をみはります。

このように優れた明治の工芸品も、日清・日露戦争などを経て、30年ほどで姿を消してしまったとか。もう2度と誰にもつくれないかもしれないことを思うと、その美しさがますます貴重なものに思えますね。

展覧会のホームページはこちらから
三井記念美術館

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生誕120年 武井武雄の世界展

長野県岡谷市に生まれた武井武雄(1894~1983)は、東京美術学校卒業後、1921年から「コドモノクニ」「キンダーブック」などの児童雑誌に、子ども向けの絵を描き始めました。彼の信念は、「子どものために描かれる絵画は、それ自体がすぐれた芸術作品でなくてはならない」ということ。童話の添え物ではなく、子どもの魂に触れる絵を目指し、それは大人にとっても芸術性の高い作品でした。武井武雄の童画、版画、刊本作品など約400点を、横浜高島屋で見ることができます。京都、大阪にも巡回します。
会期:2014年4月23日~5月5日 横浜高島屋
   2014年5月8日~5月19日 京都高島屋
   2014年8月6日~8月18日 大阪高島屋

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「イソップ物語」や「おやゆびひめ」などを題材とした童画作品も楽しめますが、武井は、1935年ごろより版画を創作するようになり、1944年には、恩地孝四郎の推薦で日本版画協会の会員にもなります。「鳥の連作」(1969)は、抽象表現による創作木版画のシリーズ作品ですが、図案的な味わいで、武井のデザインセンスが発揮されています。雑誌「コドモノクニ」のロゴも武井が手がけたものです。

そして、出来ばえに圧倒されるのが、刊本作品です。絵と文だけでなく、本の装丁や、紙や活字の選択まで自ら行った小型の私刊本で、300部限定を原則に上梓されました。全部で139点の刊本作品は、「本の宝石」と呼ばれ、半世紀にわたる武井のライフワークとして知られています。

寄木細工の箱から着想し、名工が絵を寄木細工で形にした「木魂の伝記」(1957)、紙に螺鈿(貝殻の真珠色に光る部分を薄片にし、表面にはめ込む工芸技法)を細工した「人魚と嫦娥」(1966)、絵を糸にさいて横糸とし、絹糸を縦糸としてゴブラン織りの手法で作った「笛を吹く城」(1968)、パピルスを種から栽培して作った「ナイルの葦」(1980)など、1回ごとに技法と素材が異なる、入魂の作品群には息をのみます。

溢れるアイディアと情熱で、さまざまな芸術分野で飽くなき挑戦を続けた武井武雄の世界にひたってみませんか。

展覧会のホームページはこちらから
横浜高島屋

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青い鳥

青い鳥
心が豊かになるアートを見つけに飛び立つ青い鳥です。

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