あしたのジョー、の時代展

高度経済成長の一方で、旧来の社会体制への批判や反発から学生運動が高揚し、メッセージ性の高いフォークソングや前衛演劇が支持された時代。1967年から1973年まで、週刊少年マガジンに連載されたボクシング漫画「あしたのジョー」は、そんな時代の共感を得、社会現象ともいえるブームを巻き起こします。原作は高森朝雄(1936~1987・梶原一騎の別名義)、作画はちばてつや(1939~)でした。

ちばてつやの原画100点以上と、当時の演劇ポスターやレコードなど同時代の資料から、漫画の世界感と時代の空気感をよみがえらせる展覧会が、練馬区立美術館で開催されています。
<会期:2014年7月20日(日)~9月21日(日)>

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1968年は明治100年にあたり、戦後の平和と経済発展から「昭和元禄」と謳われていました。反面、ベトナム反戦運動、70年安保闘争など社会に疑問を呈する活動も活発に行われます。そんな青年たちは、打たれても打たれても立ち上がり、戦い続ける主人公ジョーに、自分の姿を重ねることができたのでしょう。

ちばてつやの原画も大変魅力的ですが、同時代の資料が「あしたのジョー」の時代の空気を濃密に伝えてくれます。それは、岡林信康「山谷ブルース」(1968)、高田渡「自衛隊に入ろう」(1969)、あがた森魚「赤色エレジー」(1971)などのレコードジャケット。横尾忠則(1936~)、宇野亜喜良(1934~)、及川正通(1939~)などがデザインした天井桟敷の公演ポスター。

そして、若者文化の中心地だった新宿の雑踏を描いた、八木義之介(1930~1996)の「新宿風俗スケッチ」(1972)。ベルボトムや帽子、ジャケットなど、ファッションも細かく描かれています。1967年より、新宿で流しの写真家として撮影を始めた渡辺克己(1941~2006)のモノクロ写真は、ヌードスタジオ嬢やヤーさん、フーテンなどが被写体となり、時代のリアリティに満ちています。

三島由紀夫(1925~1970)も「あしたのジョー」のファンであり、毎週、発売日に少年マガジンを買っていたとか。アニメの主題歌を作詞した寺山修司(1935~1983)は、力石徹の告別式の総指揮も担当しています。1970年3月24日、講談社六階講堂で行われた力石の告別式には、小中学生、大学生、サラリーマンなど約800人が弔問に訪れ、超満員だったといいます。弔辞、追悼エキシビションマッチもあり、東京新聞の報道には、「こわい“マンガ連帯感”」の見出しが。

ボクシングに通じる肉体を用いた表現として、土方巽(1928~1986)のパフォーマンス映像(1968)も見ることができ、タイムトンネルに迷い込んだかのようです。リアルタイムに読んだことのある方はもちろん、題名しか知らない方にも興味深い展示となっています。

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練馬区立美術館

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第20回 秘蔵の名品 アートコレクション展 日本の美を極める

ホテルオークラ東京の創業者である大倉喜七郎は、横山大観などの画家を支援し、1930年には、ローマで「日本美術展覧会」を開催したそうです。現在においても、文化活動として、チャリティイベント「秘蔵の名品 アートコレクション展」が毎年開催されています。その第20回展は「日本の美を極める」がテーマ。横山大観、上村松園などの絵画約80点をホテルオークラ東京アスコットホールで見ることができます。
<会期:2014年8月8日(金)~8月31日(日)>

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「日本美術展覧会」に出品された「夜桜」(1929)は、横山大観(1868~1958)の大作。六曲一双の屏風で、現地ローマで大絶賛を受けたといいます。闇に沈む山並みを背景に、かがり火によって浮かび上がる満開の山桜。一面の桜の手前に、かがり火の赤と松のグリーンが添えられ、絢爛豪華な雰囲気が漂います。

同じ満開の木でも、前田青邨(1885~1977)の「みやまの四季」(1957)は、さまざまな枝に四季の花が咲き誇り、半円を形づくっています。よくよく見ると、白やピンクの濃淡で描かれた花々の間には、小鳥やリスが!何とも愛らしい「日本の美」です。

加山又造(1927~2004)の「雪晴れの火山」(1980)は、シンプルで力強い味わい。空は平塗りの群青。白の山肌は立体感が際立ち、雪の積もった手前の木々と噴煙がアクセントに。

「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵」を目指して、女性を描き続けたという上村松園(1875~1949)。女性の表情、仕草、着こなし、いずれもたおやかで美しく、まさに「日本の美」。着物の裾からわずかにのぞく、草履の鼻緒や白い足先にも風情を感じてしまいます。

息子である上村松篁(1902~2001)の「春鳩」(1984)は、紅梅の下の2羽の鳩を描いていますが、うすいピンクのくちばしとつぶらな瞳で、美人画を思わせる仕上がりです。橋本明治(1904~1991)の「舞妓」(1959)は、部屋や着物は全体に緑がかった色調で塗られ、太い輪郭線が際立っており、モダンな美しさ。肌にはうっすらとピンクをぼかし、光輝くような印象に仕上げた、新鮮な作品でした。

個人や企業所蔵の作品もあり、普段目にする機会は少ないかもしれません。ホテルのバンケットホールに展示されていますので、ゆったりと鑑賞されている方が多いように感じました。

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秘蔵の名品 アートコレクション展

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ブラティスラヴァ世界絵本原画展 絵本をめぐる世界の旅

スロヴァキア共和国の首都、ブラティスラヴァで2年ごとに開催される「ブラティスラヴァ世界絵本原画展」。実際に出版された絵本の原画を対象とした、世界最大規模の絵本原画コンクールです。2013年秋に開催された第24回展より、受賞作品やピックアップ作品が平塚市美術館で展示されています。
<会期:2014年7月19日(土)~8月31日(日)>

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グランプリは、エヴェリーネ・ラオべ&ニーナ・ヴェーアレの「大洪水」(2011・スイス)。軽妙なタッチで細部まで描かれた、ノアの箱舟を題材とした鉛筆画です。箱舟につがいで乗り込むたくさんの動物たち。洪水で滅ぶ堕落した人間たち。箱舟の中にいたものだけが生き残りますが、ひとりの妊婦の姿が、新たな命をつなぐ希望に。

一口に原画といっても、さまざまな技法で描かれていることに驚きます。ユ・ロン「雲みたいな九官鳥」(2012・中国)は切り絵。きくちちき「しろねこくろねこ」(2012・日本)は墨絵。ダニエラ・オレイニーコヴァー「13歳」(2011・スロヴァキア)は、版画のような味わいのデジタル技法。エヴァ・ヴォルフォヴァ―「いばら姫のルージェンカ」(2011・チェコ)は刺繍や布のコラージュなど、子どもたちの夢を育むために、技法にも工夫が凝らされています。

ウェン・シュウ=チェン「見えないおはなし」(2011・グアテマラ)は、図書館に並んでいる本、天井のアーチなどを白い切り紙で表現し、その上に、色鮮やかな紙をちぎって、本の中の物語の世界を表現。紙の重なりによる奥行きが面白い作品です。フェリドゥン・オラル「おばあちゃんは誰に似ているの?」(2013・トルコ)は、動物のものまねをしてお話をしてくれた祖母を忍んで、祖父と会話をするお話。壁にかかった祖母の写真の顔が、ものまねをしてくれたうさぎやりす、かえる、羊、ふくろうなどに変化し、どれもユーモラスで、愛情が伝わります。ベティ・ボーン「プルーストのマドレーヌ」(2011・フランス)のように、絵本とは思えない大人の叙情に満ちたデジタルイラストレーションも。

世界各国の原画が並び、まさに「絵本をめぐる世界の旅」。夏休みにぴったりですね。

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平塚市美術館

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奈良・国宝 室生寺の仏たち

写真家・土門拳が40年間通い詰め、かずかずの作品に残した奈良の室生寺。奈良時代に創建された真言宗の寺で、女人禁制であった高野山に対し、古くから女性の参詣を受け入れていたため、「女人高野」と呼ばれています。土門が愛してやまなかった室生寺の木彫仏が、東日本大震災からの復興を祈念して、仙台市博物館で出開帳されています。
<会期:2014年7月4日(金)~8月24日(日)>

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まず、迎えてくれるのは、国宝「釈迦如来坐像」。土門が「日本第一の美男の仏像」と惚れ込んで撮影した平安時代の木彫仏で、どっしりと豊かな量感。流れるような衣のラインが美しく、三角の衣の折れなど、細かな表現も。

薬師如来に従う武神である十二神将立像(重要文化財)は、どうしても見たかった鎌倉彫刻。木造で彩色され、玉眼がはめられた12体の神将で、2体は奈良国立博物館に寄託されているため、室生寺では10体しか見ることができません。今回は、頭上に十二支の動物をつけた12体が勢ぞろいし、それぞれに異なる表情とポーズも、360度から間近に見ることができます。

左手を挙げ、空をあおぐ「子」。指を2本たて、顔をしかめたような「丑」。目尻を上げて、凛と右前を見据える「辰」。目尻を下げ、左手をかざして「どーもどーも」と言っているかのような「巳」。両手で矢を持ち、左下に狙いを定めているような「申」。鷹揚に見据える「酉」。人差し指を立て、野球のサインを送っているような「亥」。髭をはやし、眉間にしわをよせて困っているような「戌」。頬に手をあてて、ひざを曲げ、どこかユーモラスな「未」。左手を挙げ、右手は腰に、フラメンコのポーズのような「午」。口をへの字にし、どや顔の「卯」。目を見開き眉毛を吊り上げ、虎が吠えているような「寅」。土門の写真で想像していたより、小さい印象でしたが、本当に個性豊かで見飽きません。

そして、国宝の「十一面観音菩薩立像」。頭部に小さな11の面をつけた平安時代の彫像で、唇に紅をさし、頬はふっくらとして少女のよう。頭上の面像のひとつ「暴悪大笑面」は真後ろにあり、今まで見ることができませんでしたが、今回は光背が外されているため、大口を開けて笑っている表情を見ることができます。

会期はあとわずかですが、心が励まされる、価値のある展覧会です。

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仙台市博物館

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成田亨 美術/特撮/怪獣 ウルトラマン創造の原点

ガラモン・カネゴン・セミ人間・ウー・バルタン星人…。1960年代、テレビで見た怪獣たちは、小学生のヒーローでした。1954年、映画「ゴジラ」の制作に参加し、その後、円谷英二の要請で、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンの怪獣、メカニックなどのデザインを手がけた成田亨(1929~2002)。その創造の原点を探る展覧会が、富山県立近代美術館で開催されています。
<会期:2014年7月19日(土)~8月31日(日)>

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青森出身の成田亨は、画家をめざし、武蔵野美術学校の西洋画科に入学しますが、彫刻科に転向します。ジャコメッティのそぎ落とされた造形に、単なる具象ではない芸術表現の可能性を見出していたとか。成田は、自らの彫刻を具象でも抽象でもない「半抽象彫刻」と呼んでいたといいます。

成田が怪獣のデザインのヒントとしたのは、イグアナ、セイウチ、ヤマアラシ、ヒトデ、クワガタ、アリクイなどの動物たち。実際の生物の造形をヒントに、誰も見たことのない宇宙人や怪獣などの造形をつくりだす成田のデザインには、「半抽象彫刻」の考え方が生かされていたように思います。

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さらに、バルタン星人は、セミ人間にハサミと角を、カネゴンは、巻貝にファスナーを組み合わせてデザインされています。生物に人工物を組み合わせるという創造の方法は、シュルレアリスム的であると評されています。ケムール人がピカソ(1881~1973)「帽子をかぶった男」(1914)をイメージの源泉としていたり、チブル星人は向井良吉(1918~2010)「アフリカの木Ⅱ」(1955)との類似が見られるなど、国内外の芸術のエッセンスも取り入れていました。会場では、それらが並べて展示されており、なるほどと思わせます。

成田の仕事は、怪獣のデザインだけではありませんでした。1970年、大阪万博の太陽の塔内部の「生命の樹」は、岡本太郎の原案をもとに、成田がデザインしたもの。映画「麻雀放浪記」(1984)では、敗戦直後の上野の焼け跡のミニチュアセットのデザインを手がけました。会場には、そのミニチュアセットが展示され、実際にカメラを動かして、映像としてモニターで見ることもできます。

特撮番組の着ぐるみを想定しない、自由度の高い怪獣デザイン(1984~87)も展示されており、鉛筆画ですが、迫力があります。実現しなかったアニメ企画「世紀末大戦MU-ムウ-」(1989)のキャラクターデザインを見ると、アニメが実現していたとしたら、新しい成田の世界が展開されていただろうに、と思わずにはいられません。

展示数も多く、みごたえのある展覧会です。来年、福岡市美術館、青森県立美術館に巡回予定です。

展覧会のホームページはこちらから
富山県立近代美術館

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モディリアーニを探して

モディリアーニ(1884~1920)といえば、アーモンド形の目と長い首の肖像画を思い浮かべます。十分な評価を得られぬまま、35歳で世を去ったモディリアーニが、本格的に画家として活動した期間は10年余りしかありませんでした。その期間を4つに分け、セザンヌ(1839~1906)やピカソ(1881~1973)など、モディリアーニが刺激を受けた同時代の画家の作品とともに展示し、その時代のパリの芸術をも浮彫りにする展覧会が、箱根のポーラ美術館で開催されています。
<会期:2014年4月12日(土)~9月15日(月)>

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イタリアで生まれ育ったモディリアーニがパリに来たのは、1906年、21歳のときでした。第1章(1906~1909)のモディリアーニは、モンマルトルに居を定め、ピカソの住む集合アトリエ兼住居「洗濯船」に出入りするようになります。「青いブラウスの婦人像」(1910頃)は、画面全体が青のトーンで覆われており、静かでメランコリックな雰囲気。“青の時代”のピカソの「海浜の母子像」(1902)と並べて展示してあり、ピカソの影響を受けていたことがうかがえます。

イタリアでのモディリアーニが彫刻家を志していたことを今回はじめて知りましたが、第2章(1909~1914)のモディリアーニは、石の直彫りによる彫刻に取り組むようになります。折しもパリでは、アフリカやオセアニアの彫像や仮面が関心を集めていたといいます。6月まで国立新美術館で、国立民族学博物館のコレクションから世界各地の仮面が展示されていましたが、素朴で力強い造形に根源的な生命力が宿っているかのようでした。

モディリアーニの彫刻作品「頭部」(1911~12頃)にも、その影響が感じられ、モアイ像を彷彿とさせます。体力と経済面からモディリアーニは彫刻制作を断念しますが、原始の美からの影響が、後に描かれる単純化されたフォルムの肖像画につながっていったように思われます。

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第3章(1915~1918)のモディリアーニは、独自の肖像画制作に力を注ぎます。「髪をほどいた横たわる裸婦」(1917)は、片膝を立てた裸婦が、簡略化された力強い輪郭線で描かれ、フォルムの表現を追求したモディリアーニならではの作品です。1917年、生涯唯一の個展に出品するも、風紀を乱すとして撤去されてしまったとのことですが…。

第4章(1918~1920)のモディリアーニは、第一次世界大戦の戦火を避けニースに赴きます。ニースの明るい陽射しがそうさせたのか、「若い農夫」(1918)は、黒い輪郭線がなく、やわらかで清らかな雰囲気の肖像画。「女性の肖像」(1917)も、両手を膝の上で組み、ちょっと首をかしげた女性が描かれ、やさし気な雰囲気が漂っています。このトーンの作品をもっと描いてほしかったと思いますが、1920年、結核の悪化により、世を去ってしまいます。彼のモデルにもなった恋人のジャンヌも、モディリアーニの死の2日後、窓から身を投げ、お腹のこどもとともに後を追います。21歳でした。

モディリアーニの生涯と、彫刻から派生した独自のフォルムを描いた絵画の成り立ちが、とてもよくわかる展覧会です。

展覧会のホームページはこちらから
ポーラ美術館

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今森光彦の世界Ⅲ 切り紙展「昆虫」

夏休みの朝、木の根元でカブトムシを発見したり、セミの抜け殻を拾ったり、地面をはうアリの行列をたどったり・・。幼い頃、昆虫はとても身近に存在しました。里山をテーマとした写真で知られる今森光彦(1954~)も、「命と環境のつながりを知るには昆虫が一番」と述べています。写真家であり、切り紙作家でもある今森光彦の「昆虫」をテーマとした切り紙展が、ノエビア銀座ギャラリーで開催されています。
<会期:2014年6月9日(月)~8月22日(金)>

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今森光彦の切り紙作品は、はさみ1本で作り出されたもの。小学生の頃から、生き物が大好きで、裁縫箱から母親の大きな裁ちばさみをそっと借りては、昆虫や植物の切り紙にいそしんでいたとか。小さな紙切れが美しいフォルムを見せるたび、手のひらで息を吹き返すように感じていたそうです。

昆虫作品を見ると、羽や背の模様や色、触角や肢の形など、細部まで見事に表現されていることに驚きますが、ひとつひとつがまるで生きているかのように、いきいきとした命の輝きを放っていることにも感動します。インドネシアやニューカレドニアに生息する鮮やかな紋様の蝶や、アマゾン川流域の熱帯雨林で見られる色とりどりのカメムシやハムシ。そして、日本でおなじみのオニヤンマやカブトムシ。

うれしいのは、額装作品だけでなく、実際にそこにいるかのような立体作品も展示されていること。蝶やトンボ、1匹ずつ造形の異なるクワガタや、アリのグループも。

樹液を吸ったり、落ち葉の下で命を育んだり、自然と共存している昆虫。少し前までは人間も、田んぼや雑木林がある里山で、自然を大切にすることで自然から恵みを得、自然とともに暮らしていました。そんなことに思いを馳せたり、純粋にアートとして感動したり。大人のための昆虫展です。

展覧会のホームページはこちらから
ノエビア銀座ギャラリー

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心が豊かになるアートを見つけに飛び立つ青い鳥です。

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