エスプリディオール ディオールの世界

「わたしの夢は、女性をより美しく、より幸せにすることだ」と述べた、クリスチャン・ディオール(1905~1957)。23歳にして画廊を開き、後に20世紀を代表する芸術家となるピカソ、デュフィ、ブラックなどの作品を紹介するほどの美意識の持ち主でした。それから20年後、オートクチュールのメゾンを設立し、そのエレガンスあふれるコレクションは、女性たちのあこがれとなります。ドレス、バッグ、フレグランスなどを通して、ディオールの軌跡をたどる展覧会が東京・銀座(玉屋ASビル)で開かれています。
<会期:2014年10月30日(木)~2015年1月4日(日)>

黒で統一された会場は、直線的でシャープな印象のスペース。地下1階から2階では、闇の中のライトに、かずかずのドレスが浮かび上がります。それは、葛飾北斎へのオマージュとして、浮世絵に描かれた波をモチーフにしたコート。

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ゴールドのボトルが印象的なフレグランス「ジャドール」の傍らには、ゴールドをさまざまにあしらったドレス。ディオールは、ゴールドをもっとも好んだとか。

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「ディオールの大舞踏会」と題した華麗なイブニングドレスや、「ディオールのガーデン」として、花々にインスパイアされたドレスが並びます。

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デザイン画から組み立てたトワル(雛形)の状態でも、すでに美しさのオーラが。

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ため息が出るほど可愛らしいミニチュアドレスと香水のコフレのコラボレーションや、ダイアナ妃やジェニファー・ローレンスが纏ったドレスなど、ディオールの魅力が満載。3階では、ディオールのバッグ「レディ ディオール」をもとに名和晃平が制作した作品も。

ディオールならではの洗練されたディスプレイは、体感の価値ありです。魅惑の世界に足を踏み入れてみませんか。

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エスプリディオール

テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

高野山の名宝

816年、弘法大師空海によって開かれた高野山は、真言密教の聖地として信仰を集めてきました。皇族や貴族、大名らによって仏像や仏画、工芸品等が寄進され、「山の正倉院」といわれるほど、仏教芸術の至宝が伝えられています。高野山の開創1200年を記念して、それらの名宝がサントリー美術館で公開されています。
<会期:2014年10月11日(土)~12月7日(日)>

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見逃せないのは、鎌倉時代の仏師、運慶による国宝「八大童子像」(12世紀、一部14世紀)。文化財保護の観点から、高野山でも数年に一度、2軀ほどが限られた期間展示されるのみとのことで、8軀そろって間近に鑑賞できるのは、またとない機会なのだそう。

矜羯羅(こんがら)童子は、ややカールした髪で手をあわせ、鷹揚な表情。指徳(しとく)童子は、鎧兜を身につけ、眉をひそめています。制多迦(せいたか)童子は、髪を5つに束ね、棒を持ち、凛とした表情。恵光(えこう)童子は、金の冠を頭に、つりあがった眉。烏倶婆誐(うぐばが)童子は、髪を逆立て、りりしい表情。恵喜(えき)童子は、つばのない帽子のような兜をかぶり、遠い目をしています。清浄比丘(しょうじょうびく)童子は、剃髪し、くちびるをかみしめたよう。阿耨達(あのくた)童子は、龍に乗るいさましさ。それぞれがいきいきとし、個性的です。

快慶の重要文化財「四天王立像」(12~13世紀)は、勇壮な趣きです。筋肉がくっきりとした迫力ある表情で、鎧も見事。巻物と筆を持つ広目天像、宝塔を持つ多聞天像は「静」を表し、武器を持ち手を振り上げる持国天像、増長天像は「動」を表すとか。東大寺大仏殿の四天王像(約13m)の雛形ともいわれています。

運慶、快慶の競演だけでも、十分満足できる展示です。

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サントリー美術館

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顔面遊園地 ナンシー関 消しゴムの鬼

ナンシー関を知っていますか?

コラムニストにして、消しゴム版画家。1984年に消しゴム版画家としてデビューして以来、彫った数は5000点を超えるとか。名刺大の消しゴムに、文化人、芸能人、スポーツ選手等の顔を彫り、当人について“言い得て妙な”一言を添える。雑誌で単行本で、その毒のある笑いに魅了されました。その貴重な生ハンコ800点を、パルコミュージアムで見ることができます。
<会期:2014年11月14日(金)~11月25日(火)>

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展示ケースには、所狭しと生ハンコが並んでいます。ナンシー関は、2002年、39歳で亡くなったため、その数が増えることはもうありません。「オヤジ、涅槃で待つ」の一言と沖雅也。「ケーナと心中」田中健。「不器用」高倉健。「歌は心よ」淡谷のり子。「生涯ムッシュ」かまやつひろし。「UFOのあたりまえ」矢追純一。「紹子の春」江川紹子。

オウム事件の際、テレビで顔を見ない日はなかった江川紹子や、その自死がセンセーショナルに報道された沖雅也など、小さなハンコに時代が集約されています。当然ながら、ハンコの中の秋元康、糸井重里、ビートたけしらも、若いまま時間を止めています。

顔だけでなく、カメラのTVCMの中でジーパンを脱いで水着になる宮崎美子や、映画「同棲時代」に主演した由美かおるの振り返りざまのヌードなど、一世を風靡したシーンも消しゴム版画に。連続ハンコとして、棒高跳びをする人物を、パラパラ漫画のように動きを少しずつずらして彫った作品や、河童やパンダなどの動物もあり、飽きることがありません。

これらは、まず下絵を描いて消しゴムに転写し、カッターで細かく彫られました。消しゴムのカスは、ピンセットで取り除いていたそうです。ナンシー関の自画像版画は、メガネとロングヘア。彼女自身も消しゴムの中で、時間を止めてしまったことが残念でなりません。会期はあとわずかですが、ぜひ。

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パルコミュージアム

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ジョルジョ・デ・キリコ 変遷と回帰

ギリシャで生まれたジョルジョ・デ・キリコ(1888~1978)が、パリで作品を発表したとき、まったく新しい絵画だと話題になったそう。確かに、なんとも謎めいた、神秘的な雰囲気が漂います。

キリコの絵は「形而上絵画」と呼ばれ、形のあるものや目に見えるものの背後にある「不安」や「不思議な感覚」を描いたとされています。描かれているのは、建物や彫像、マネキン、積木、ビスケット―。無関係に思われる物体の配置が醸し出す独特の詩情が魅力です。キリコの初期から晩年までの作品100点を紹介する展覧会が、パナソニック汐留ミュージアムで開催されています。
<会期:2014年10月25日(土)~12月26日(金)>

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その名も「謎めいた憂鬱」(1919)は、床面の向こうに、視線を落としたヘルメス像。手前には、ビスケットの貼りついた箱、積木、そして、立てかけられた棒とその影。床は水平なようにも、せりあがっているようにも見え、配置されている物体が、すべり落ちずに静止していることに不安な気持ちになります。無関係なものが、当たり前のようにそこにあることへの不安、そして、不自然な位置関係への不安…。

そんなキリコですが、第一次世界大戦以後は、古典絵画を探求したとのことで、妻イザベッラをモデルとした「赤と黄色の布をつけた座る裸婦」(制作年不詳)は、安定感のあるふくよかな裸婦像。椅子にかけられた赤と黄色の布や、浜辺という場面設定が謎ではありますが。

その後のキリコは、自身の形而上絵画を複製したり、引用したりして、再び形而上絵画に回帰します。「古代的な純愛の詩」(1970頃)にしても、回廊のある建物を遠景に、手前のせりあがった地面には、古代彫像の足や玩具、定規のような物体が。謎めいた詩的な絵画が再生します。

「燃えつきた太陽のあるイタリア広場、神秘的な広場」(1971)は、空に輝く黄色の太陽と地面に置かれた黒い影の太陽が、チューブでつながれています。不思議な雰囲気ではありますが、明るい色彩が憂鬱を感じさせません。常に、新しいテーマに挑戦し続けたキリコの創造の軌跡を堪能できる展覧会です。

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パナソニック汐留ミュージアム

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ウフィツィ美術館展

ルネサンス絵画といえば、ボッティチェリ(1445~1510)の「春(プリマベーラ)」(1477~78)と「ヴィーナスの誕生」(1485~86)を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。フィレンツェにあるウフィツィ美術館のボッティチェリの部屋には、この2作品とともに「パラスとケンタウロス」(1480~85)が展示されています。「パラスとケンタウロス」をはじめとするウフィツィ美術館の収蔵作品を中心に、15世紀から16世紀のフィレンツェ美術を紹介する展覧会が、東京都美術館で開催されています。
<会期:2014年10月11日(土)~12月14日(日)>

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イタリア・ルネサンスの中心都市フィレンツェでは15世紀以降、多くの弟子や共同制作者をかかえる工房での、組織的な制作活動が盛んになっていました。修道士でもあったフィリッポ・リッピ(1406頃~1469)工房から育ったのが、ボッティチェリ。15世紀中頃には、古代ギリシャ・ローマ文化が見直されていたフィレンツェで、代表作となる「春」「ヴィーナスの誕生」といった、神話を題材とした絵画を描きます。

展覧会のメインヴィジュアルである「パラスとケンタウロス」にも、理性を象徴するギリシャの女神パラスと、人間の本能を象徴する半人半獣のケンタウロスが描かれています。左手で斧のついた槍を携え、右手でケンタウロスの髪をつかむパラス。ケンタウロスは、痛さに顔をゆがめています。理性で本能をいさめているように見えますが、パラスは面長の優美な表情で遠くをみつめ、何かに陶酔しているようにも見えます。透けるドレスには、組み合わせた指輪が刺繍され、冠や乳房の周りにはオリーブの装飾。理性の女神にしては、官能的な趣も。

一方、ボッティチェリ晩年の「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(1505頃)は、禁欲的な信仰世界に立ち返り、深く腰をかがめた聖母マリアがイエスを聖ヨハネにあずける様が描かれています。聖母もイエスも目をとじており、沈鬱な雰囲気。平面的で抑制された宗教画へと変化しています。

ボッティチェリ以外の作品も充実。ドメニコ・ギルランダイオ(1449~1494)「聖ヤコブス・聖ステファヌス・聖ペテロ」(1492~94)は、3人の聖人を描いた祭壇画ですが、赤・黄・グリーンで彩られたたっぷりとした衣服の鮮やかさに驚きます。この展覧会のために、修復されたのだそうです。

3人はそれぞれ、巡礼の杖、ペン、鍵を手に持っていますが、ルネサンス絵画は、描かれた登場人物や持ち物、風景などから絵に込められた意味を読み解いていくのだとか。神話やキリスト教の知識を得たうえで鑑賞すれば、楽しみが倍増するのかもしれませんね。

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東京都美術館

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赤瀬川原平の芸術原論展

この10月26日に他界した芸術家、赤瀬川原平(1937~2014)。前衛芸術家、イラストレーター、小説家、写真家とさまざまな顔を持つ赤瀬川ですが、500点を超える作品と資料を通して、50年にわたる活動を紹介する展覧会が千葉市美術館で開催されています。彼の死は、開幕の2日前でした。
<会期:2014年10月28日(火)~12月23日(火)>

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小学生時代から虚弱だった赤瀬川は、武蔵野美術学校に入学するも、1959年に胃を手術。同年、伊勢湾台風で実家が水没し、命かながら脱出したといいます。60年代に入ると、前衛芸術グループに参加してオブジェを制作。当時の作品は、今見ても刺激的です。

「ヴァギナのシーツ(二番目のプレゼント)」(1961/94)は、ひだのある巨大な造形の中央にビニール管が。発表当時は硫酸を垂らしたとか。「宇宙の罐詰」(1964/94)は、缶詰の外側のレッテルを内側に貼り、缶をハンダで密封。そのことで、宇宙は缶の内側に包み込まれ世界が反転するという発想は、赤瀬川ならでは。石膏像の両眼部分を削りとりカメラを接着、切り取った両眼部分はカメラケースに入れるという「ホモロジー・男」(1964)も、既存概念を転倒させた面白さがあります。

「人体展開図写真」(1964)は、直立した人物の右横・正面・左横・後姿に加え、仰向けに寝た頭部からと足裏からの写真を撮り、身体サイズも計測。人体図鑑の趣の作品で、採取されたのはオノ・ヨーコ、ナムジュン・パイク、横尾忠則らという豪華さです。赤瀬川は、個展の案内状を模型千円札として印刷し、現金書留で送付してもいますが、宛先には、安部公房、瀧口修造、岡本太郎らの名が。綺羅星のような才能を持つ人たちが、新しい表現を追い求めた稀有な時代だったのかもしれません。

1969年より、「現代考」シリーズを「現代の眼」に連載し、イラストレーターとしての顔を見せます。1ページにイラストと時評文を組み合わせた同シリーズは、大海に浮かぶ6匹の蛙のイラストには「大海の蛙 井の中を知らず」、機動隊に捕らわれる活動家のイラストには「渡る世界は鬼だらけ」と添えられるなど、独創的な視点が活かされた構成です。

さらに、都市の中に機能を失ったまま存在する「無用の長物」を、巨人で三振ばかりしていたトマソン選手になぞらえ「超芸術トマソン」として、写真に記録しました。出入り口に通じていない階段、入れない門、路肩で寄り添う狛犬…。卓越した観察眼で、日常を非日常に変えてしまいます。

ガロに漫画を連載し、美学校で教え、1981年には小説「父が消えた」で芥川賞を受賞。「老人力」(1998)はベストセラーにもなりました。ジャンルを超え、常に刺激的な表現を求め、メッセージを発信し続けた赤瀬川原平。2フロアを使用した会場は、彼の芸術世界で満ちています。

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千葉市美術館

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鬼才の画人 谷中安規展

谷中安規(1897~1946)の作品をはじめて見たのは、神奈川県立近代美術館の「光の現れ」をテーマとした展覧会。その幻想的な木版画は強く心に残りました。谷中が活躍した1930年代の東京は、関東大震災から復興したモダン都市の側面と、戦時体制へと傾斜していく閉塞感のある側面が相半ばしていました。「風船画伯」と呼ばれ、何ものにも頓着せず、風来坊のように東京を漂い歩きながら、版画に没頭した谷中。夢とも現実ともつかない独創的な作品約300点を、町田市立国際版画美術館で見ることができます。
<会期:2014年10月4日(土)~11月24日(月)>

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1920年代、谷中は、エロティックでグロテスクな自らの作品を「腐ったはらわた」と呼んでいたといいます。「妄想F」(1925頃)は、奇怪な化け物の長い舌の上を、傘をさした裸の女性が化け物に向かって歩いています。太陽と星が同時に描かれ、昼でも夜でもない世界。当時の谷中は、既成概念を否定するダダや、アナーキズム、イギリスの怪奇小説ブラック・ロマンスに共感していたとか。

「飛ぶ首」(1927)は、ビルの谷間で本を読む裸婦と、首の飛んだロボットという構成。ビルの間から覗く海には軍艦が見えます。当時、ロボットブームがあったそう。

「蝶を吐く人」(1933)は、室内の蝶の影が、黒い蝶となって窓からビル街に飛び立っていきます。2人の裸婦と裸婦を描く男性が描かれた、「うすむらさき」(1933)の窓の外には飛行船が。モダン都市東京の空間と、飛行船などの機械文明が合わさった“都市の怪奇”に、メルヘンが入り交じり、なんとも幻想的。顔や頭が仏像のようで、手には弓矢を持った「赤い人魚」(1932)の人魚を見ると、昔話や仏典の影響も。

そして、幼少期の記憶もイメージの源泉に。「少年画集」(1932)は、8点1組の手刷り木版画集。小学生時代を過ごした新潟県柏崎市の記憶だといわれています。祭り、桜、見世物、運動会、公園、水遊び、盆おどりなど、懐かしい日本の風景に詩情が漂う、影絵のような作品です。

1935年以降の谷中は、海上に横たわる裸婦と天使や、象や馬に乗る裸の子ども、花が咲き蝶が舞う草原を自転車で駆け抜ける裸の男性など、おとぎ話や桃源郷のような世界を描くようになります。戦時体制の現実社会には、もはやモダン都市の面影はなく、モティーフにはなり得なかったのでしょうか。

やがて終戦を迎え、創作意欲に燃えていたという谷中ですが、終戦の翌年、栄養失調のため死去してしまいます。戦後の東京を漂い歩いたとしたら、どんな作品世界が生まれていたのでしょうか。

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町田市立国際版画美術館

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フェルディナント・ホドラー展

国立新美術館で開催中のチューリヒ美術館展で、もっともインパクトを感じた画家ホドラー(1853~1918)。40年前の1975年に、日本初のホドラー展が国立西洋美術館で開催されたそうです。1911年、武者小路実篤が雑誌「白樺」に次のような詩を載せてもいます。
―ホオドラアよ 大なる孤独の男よ―

「白樺」では、白樺派の理想に合致する美術として、ホドラーを紹介していたようです。日本では、かなり早くから知られた画家だったのですね。内省的で静かな作品世界を改めて感じることのできる展覧会が、再び、国立西洋美術館で開催されています。
<会期:2014年10月7日(火)~2015年1月12日(月)>

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生涯、母国スイスにとどまり、国民画家として親しまれているホドラー。ベルンの貧しい家庭に生まれ、若くして、両親・兄弟のすべてと死別します。1880年代のホドラーの絵画に、死や憂鬱のイメージが漂うのは、そのためでしょうか。赤のショールを肩に、生気のない横顔を見せる「病み上がりの女性」(1880頃)。自らの棺の木を切りながら、物思いにふける「思索する労働者」(1884)。頭の後ろから血を流し、草原に横たわる「傷ついた若者」(1886)。

その後ホドラーは、複数の人物による反復のイメージや、身体の動きによって表わされる感情やリズムの表現に向かいます。“よきリズム”を意味する「オイリュトミー」(1895)は、落ち葉の散る道をうつむきがちに歩く、白い衣装をまとった5人の老人が描かれています。5人のポーズは少しずつ異なり、まるで死への行進のよう。ホドラーは、人間には死が迫るからこそ、生が躍動すると考えていたそうですが、その死の概念を受け入れた老人たちの静かな“よきリズム”が感じられます。

「オイリュトミー」と対をなす「感情Ⅲ」(1905)は、雰囲気が一転。赤いポピーの花咲く道を歩く4人の女性が描かれていますが、両手を胸に、躍りのステップを踏んでいるかのよう。顔を向こうに向け、少しずつ違うポーズをとっているように見えます。「生」の躍動のリズムが感じられます。

「昼Ⅲ」(1900/10頃)は、3人の女性が左右対称に描かれています。右の女性は両手をかざして陽の光をさえぎり、左の女性は両手を合わせて光をあびています。真ん中の女性は両手を上にあげて、光と一体に。「覚醒」をテーマとした作品です。

ホドラーは、さまざまな表情を見せるアルプスの自然にも、反復やリズムを見出していました。その風景画は単なる再現ではなく、雲の連なりや山肌、そして湖面に映るシルエットが造形のパターンとして描かれています。

晩年の作品である、癌におかされた20歳年下の恋人の遺骸を描きとめた「バラの中のヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルの遺骸」(1915)。バラ色の空間で、彼女はリズムを止めたのでしょうか。ホドラーの死はその3年後でした。

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国立西洋美術館

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