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月映 つくはえ

いのちいのち死ぬべきいのち
この日この日思ふにたえぬ
死ぬべきいのち
―恩地孝四郎の田中恭吉宛葉書より(1912)

1914年、20代前半の美術学生3人により、木版画や詩をまとめた雑誌「月映」が発行されました。上記の詩を葉書にしたためた恩地孝四郎(1891~1955)、結核のため23歳で亡くなった田中恭吉(1892~1915)、そして、恩地と同い年の藤森静雄(1891~1943)。3人は、竹久夢二(1884~1934)とも交流があったといいますが、大正初期に創作された彼らの木版画には、生と死の根源をみつめたかのような、どこか物悲しく内省的な叙情が漂っています。「月映」に関連する作品、資料など300点が、東京ステーションギャラリーで展示されています。
<会期:2015年9月19日(土)~11月3日(火)>

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特に印象に残ったのは、藤森の木版画。シンプルな空間に描かれた人物像は、無国籍で、時間も場所も特定できない心象風景のよう。だからこそ、人物のポーズや空間の持つ意味合いが、何かを心に語りかけてきます。それは、たとえばひとりで生きること、そして、ひとりで死ぬこと。「たましひの孤独」「宇宙のながれを我は聞く」「地に泪するもの」「ただよふもの」「へだてられたるもの」等の作品タイトルにも表現されています。

恩地は、日本で最初期の抽象表現に到達したとのことですが、色の面と目だけで構成された「よりそふもの」(1914)、女性の半顔と色面で構成された「望と怖」(1914頃)に、その萌芽が感じられます。

「月映」自体は、田中の死を迎えた頃、約1年で終刊となりましたが、その詩的世界は、今見ても、深く心に残ります。彼らの「たましひ」を共有できる展示です。

展覧会のホームページはこちらから
東京ステーションギャラリー

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

うらめしや~、冥途のみやげ展

怨念が残って成仏しきれず、現世に再び現れた人間の姿を描いた「幽霊画」。生首を手にしたおどろおどろしい幽霊や、干からびて骸骨のような幽霊も描かれていますが、美人画といっても違和感のない息をのむほど美しい幽霊も。怪談を得意とした明治時代の噺家、三遊亭圓朝(1839~1900)ゆかりの幽霊画コレクションを中心に、幽霊画を集めた展覧会が、東京藝術大学大学美術館で本日まで開催されています。
<会期:2015年7月22日(水)~9月13日(日)>

201505 374

圓朝の菩提寺である全生庵のコレクションの中で、一番の美しさを際立たせるのが、鰭崎英朋(1880~1968)「蚊帳の前の幽霊」(1906)。うつむいて立つ白装束の幽霊は、抱きしめたくなるような優美でたおやかな佇まい。白装束で足のない幽霊画は、円山応挙(1733~1795)がはじまりとされているそうですが、伝円山応挙「幽霊図」(18世紀)も、ふっくらとした顔立ちの美しい幽霊です。

メインビジュアルに使用されている上村松園(1875~1949)「焔」(1918)は、光源氏の愛人、六条御息所を描いたもの。愛しい男の心変わりに嫉妬の炎を燃やして現れますが、気高く高貴な女性だけあって、おくれ髪を噛んでいるポーズでも美しく、身の丈ほどもある長い髪が印象的です。

月岡芳年(1839~1892)の月百婆シリーズにも、味わい深い幽霊が。「卒都婆の月」(1886)は、やぶれ笠を背負い月を見上げる老女が描かれていますが、かつて美貌を誇った小野小町のなれの果ての姿とか。「源氏夕顔巻」(1886)は、夕顔のつるが画面いっぱいに広がり、花のむこうには、グリーンの背景に溶け込むように、はかなげな幽霊が。

もちろん、河鍋暁斎(1831~1889)のどくろのような幽霊や、曾我蕭白(1730~1781)の目をむく鬼女など、怖い幽霊も盛りだくさん。恨みや心残りといった、人の情の表現を堪能できる展覧会です。

展覧会のホームページはこちらから
東京藝術大学大学美術館

テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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心が豊かになるアートを見つけに飛び立つ青い鳥です。

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