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ミュシャ展

1860年、オーストリア領モラヴィア(現チェコ東部)に生まれたミュシャ(1860~1939)は、34歳のとき、女優サラ・ベルナールの舞台「ジスモンダ」のポスターが大評判となり、時代の寵児として活躍します。私たちがミュシャときいて思い浮かべるのも、流れるような長い髪をなびかせ、花とともにほほえむ、流麗な女性のポスターなのではないでしょうか。

アール・ヌーヴォーの代名詞ともなっているミュシャが、歴史画の大作を遺しているとは、まったく知りませんでした。スラヴ民族の神話や歴史が壮大なスケールで描かれた「スラヴ叙事詩」は、縦6m横8mにも及ぶ巨大作品、20点の連作。チェコ国外では初公開となる全作20点を国立新美術館で見ることができます。
<会期:2017年3月8日(水)~6月5日(月)>

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フランスで名声を手にしたミュシャは、1910年、50歳のときチェコに戻り、スラヴ叙事詩の制作を開始します。1900年のパリ万博の仕事のために取材したミュシャは、スラヴ民族の貧窮を目にし、チェコ国民やスラヴの連帯感のために、スラヴ叙事詩を構想したといいます。

圧倒されるのは、まず、見上げるような作品の大きさ。巨大なキャンバスは、まるで演劇の舞台のよう。民族の荘厳なドラマが今も演じられているかのようです。しかも細部まで緻密に描きこまれています。

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スラヴ叙事詩には、あるひとつの場面ではなく、異なる時空間が重なって描かれているそうです。下の「スラヴ民族の賛歌」(1926)では、右下の青はスラヴの神話時代、上部の赤はスラヴの英雄が並ぶ中世、手前の黒い影が抑圧された時代、中央には民族衣装で花冠を運ぶ自由と団結を謳歌する人々、そして、新生チェコを象徴する大きく両手を広げた巨大な青年が。

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また、多数の作品で、画面のどこかにこちらに視線を向ける人物が存在します。展覧会のメインビジュアル「原故郷のスラヴ民族」(1912)で、輝く星空の下、怯えた表情を向けるのは、異民族から身を隠すスラヴ民族の祖先。目が合うと、たちまち絵画世界の中に引き込まれます。

ハープを奏でる少女は、ミュシャの娘がモデル。ミュシャは制作時に写真を活用し、家族や近所の人たちにポーズをとってもらって撮影し、組み合わせて構成していたそうです。

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シリーズ制作中の1918年にチェコスロヴァキア共和国が誕生。独立を未来の夢として描きはじめたはずが、現実の方が先に進んでしまいます。1926年に完成をみたものの古臭いとされ、行き場を失い、地方の古城でひっそりと展示されていたとか。

1939年、ドイツ軍がチェコに侵攻し、逮捕されたミュシャは釈放されるも、肺炎の悪化により死去してしまいます。ミュシャ魂の大作20点を眼前にできる幸せに満たされる展示です。

こちらの記事もぜひ
ミュシャとラリック

展覧会のホームページはこちらから
国立新美術館

テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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